
Knowing More About クロスグラフ 個展 & 黒木 周
2025年4月5日(土)から4月27日(日)まで、「黒木 周 クロスグラフ 個展」が開催されます。“クロスグラフ”、制作、そして現在の活動などについてお伺いしました。個展と併せて、ぜひおたのしみください。
なお本ページにてご紹介する作品名については割愛させていただいております。予めご了承ください。

既存の記事などでも語られていますが、「クロスグラフ」について、また「クロスグラフ」がどのようにして生まれたのかをおしえてください。
「クロスグラフ」というのは、私の大学の恩師である小作 青史先生が、学生に向けて長年研究されていた技法がもとになっています。金属板を使った従来のリトグラフではなく、もっと身近な材料でできるものはないかと、試行錯誤されていたんです。
きっかけは、留学生のためでした。リトグラフを学ぶために日本に来た学生の中には、決して裕福とはいえない国から来ている人たちも多くて。そういう学生が自国に戻ったあと、同じ材料が手に入らないという現実があったんですね。「せっかく学んだのに、帰国後にそれを活かせない」と、学生たちもどこかであきらめていた部分があったと思います。
それを何とかしたいと先生が考えられて、「どの国でも手に入る材料でリトグラフができないか」と模索するなかで、ベニヤ板を使った方法に辿り着かれたんです。私たちがその技法を学んだ頃には、もう15〜16年ほど研究が続いていて、ようやく形になり始めた時期でした。
ただ、ベニヤ板のリトグラフは木目が強く出るなど、独特の表情があるため、当時の学生たちには少し敬遠されていたんですね。私自身も一度は離れたんですが、自分の表現を探る中で再びそこに戻ってきて、改めて取り組むようになりました。
でも、自分なりの質感や表情がほしくて、いろいろ試してみたんです。たとえばガムテープを貼ったり、布をぐしゃぐしゃにして貼り込んだりして、マチエール版としての側面もあるような版画にしていったんです。
そのなかで、「布を貼る」というアイデアが出てきて、これが意外と使えるかもしれないと感じたんです。全面に布を貼れば木目も隠せるし、しかもしわをつけないでフラットに貼ったほうが、自分の感覚に合っているなと思いました。しわのある布だと、ちょっと重たい印象の画面になりやすかったので。
最終的に、「フラットに布を貼り込む」という方法に辿り着いて、それをベースに制作していたところ、「これってもう布のリトグラフだな」と感じるようになりました。そこで小作先生に「この技法に“クロスグラフ”という名前をつけてもいいでしょうか?」と相談したら、「好きにすれば」と(笑)。「そういうものをちゃんと作っているならOKよ」と言ってくださって、そこから“クロスグラフ”という名前が生まれたんです。
当時、黒木さん以外に布を使って版画を制作された方というのは、いらっしゃいましたか?
ベニヤのリトグラフをやっている人は、それなりに出てきたんですけど、布を貼るというやり方に関しては、あくまでもマチエールの一部として、布を部分的に貼っている人が何人かいたかな、というくらいですね。
絵の中の質感表現として、ちょっと布の感じを取り入れる、そういう人は一人か二人はいたと思います。でも、画面全体に布を貼り込むということをしていた人は、ほとんどいなかったですね。
では現在、黒木さんのクロスグラフ、もしくは似たような手法で活動されている版画家さんはいらっしゃったりするのでしょうか?
たぶん、いないと思います。木版のリトグラフというところまでは、皆さんそれぞれ取り組んでいると思うんですが、そこから先は、それぞれが自分なりの独自の方法を見つけていくんですよね。
自分たちが学生のころも、同級生の中には、他の人が使わないような道具や技法をあえて選ぶ人がけっこういて。そうやって自然と、他の人と違う表現を探そうとする空気があったと思います。
もちろん、オーソドックスな技法、木版にしても、銅版やリトグラフにしても、基本的な部分は共通なんですが、そこにほんの少し変化を加えると、「あれ、ちょっと似てるね」って言われることがあるじゃないですか。
で、我々の性(さが)として、「似てる」と言われるのが、すごく嫌なんですよね(笑)。だからこそ、似ていると言われそうなものは、無意識のうちに避ける傾向がある。
今のところ、そういう意味で似た表現をしている人はいない状態が保たれているんですが・・・まあ、誰かがいつか、わりとすぐに辿り着ける可能性はあるとも思っています。
公開されている記事などでは、「身の回りにある自然やあらゆるモノを“カタチ”として切り取り、配置し直し、美しい色をのせていく」とありました。作品には、カタチ、色、サイズなどにバリエーションがあり、アイディアが無限に湧いてくるような印象を受けました。
カタチは、記憶の中にあるものを作品にされているのでしょうか?それとも、その時に目にしたものをとらえて作品にしているのでしょうか?
学生を終えた30歳前後のころは、制作するうえでモチーフを探して、いろんなところをウロウロしていましたね。
たとえば、当時住んでいた家で草むしりをしながら、葉っぱの形を見つけたり、石ころを並べてみたり。
買い物袋の持ち手の紐がちょっと面白いかたちに見えたり、テーブルの上にある消しゴムや雑多なものが転がっている様子が気になったり・・・。本当に、身の回りにある何気ないものがモチーフになっていました。
でも、それをそのまま描くというよりは、かたちを単純化したり、色だけ取り出したり、配置だけを参考にしたり。そういうところからスタートしていた記憶があります。
作品は抽象的なものなので、見た人にとって、それが葉っぱに見えなくても、石ころに見えなくても、ましてや買い物袋の持ち手に見えなくても、ぜんぜんいいわけです。
そうやって制作を続けていくうちに、自然と自分の中で何度も出てくるかたちが出てきました。ここ数年だと、自分でも「お椀型、多いな」と思ったりします。波のかたちだったり、何か似たようなかたちが繰り返し出てくるんですよね。
それで「あれ?これはどういうことなんだろう」と自分でも考えたんですが、もうそれは葉っぱでも石ころでも消しゴムでもなくて、そこからスタートしたけれど、すでに別のかたちになっているんだなと。
積み木みたいになってきているんですよね。単純なかたちを積み上げたり、並べたり、配置を考えたり・・・それを今、絵の中でやっているんだと思います。
積み木って面白くて、単純であればあるほど、いろんなふうに見えてくるんですよ。
子どもが積み木を組み立てて、「はいっ」とお父さんに見せると、「おっ、いい車ができたね」って言われたり、お母さんが「これはおうちじゃない?」って言ったり。おじいちゃんは「うちの裏山に似てるなあ」なんて言って、おばあちゃんは「何言ってるの」って笑ったり・・・。
それぞれが自分の記憶と照らし合わせて、見立てて話し始めるんですよね。
でも、それがもしもっと具体的なかたちになっていたら、「かっこいい車だね」とか「速そうだね」とか、話が限定されてしまう。
若い人と年配の人では見てきたものの数も違うし、山で育った人、海で育った人、それぞれに見てきた風景が違うわけです。
人って、自分の経験の中で見てきたものとしか、見立てができないんですよね。だから頭の中で、似たようなかたちをくっつけて、「これは〇〇に見えるな」と想像していく。
自分も昔からそうでした。柱の節がゴジラに見えたり、雲が怪獣に見えたり、鳥に見えたり・・・。そういう見立ての遊びって、たぶん古代から人間がやってきたことなんじゃないかと思うんです。もう、人間の本能というか、古い記憶というか。
今でも、人にはそういう“目の遊び”のような力があるんじゃないかなと。
「何かに見えるかたち」っていうものを、自分は作品として表現していければいいのかなと思っています。
そこで、「これは何に見える?」「あれに似てるね」っていう会話が生まれてくれたら、もうそれは“めっけもん”ですよね。そんなふうに思っています。

Instagramで作品画像を拝見していると、黒木さんの作品は自然で、空間にとてもよく馴染んでいる印象を受けます。制作をする上で、心がけていらっしゃることなどございますか?
そう言っていただけると、本当にやってきてよかったなと思います。
絵っていろんな見方があると思うんですが、絵の中だけで完結してしまうものもありますよね。絵そのものがすべてを語っているような。
でも、僕の場合はああいう単純な図柄ですから、絵だけで完結するというよりも、その絵のまわりにある風景も含めて、ひとつの“場面”になってくれたらいいなと思っているんです。
たとえば、絵のまわりに机があったり、花があったり、子どものおもちゃが置いてあったり・・・。そういう日常の中の一場面として、そこに自然に“最初からあったように”馴染んでくれたら、すごくうれしいです。
作品をつくるときにも、「この絵はどこに飾られるんだろう?」って考えることは、やっぱりあります。
その場所を思い浮かべながら、色づくりやかたちの入り方を考えることもよくありますね。
現在、宮崎を拠点に制作をされていますが、故郷に戻られる前と比べて、制作するうえで変化したことなどありますか?
はい。もともと宮崎の出身で、学校のために東京へ出て、それからまた宮崎に戻ってきたという感じなんです。
自分ではあまり気づかなかったんですが、ギャラリーの方から「色が変わったね」って言われたことはあります。でも本人としては、そこまで実感があるわけではなくて・・・というのも、東京といっても、いわゆる山手線の内側とか、いかにも都会という場所ではなくて、どちらかというと郊外のほうに住んでいたので、今いる宮崎の環境とそこまで大きくは変わらない気もするんですよね。
ただ、一番大きく変わったのは制作スペースですね。東京にいると、やっぱり作業できる場所が限られてしまう。でも今は、実家の作業場をアトリエとして使わせてもらっていて、そこを改装して制作しているので、大きな作品も作れるようになったんです。
それで、ここ数年は版画だけじゃなくて、ペインティングの仕事もさせてもらう機会が増えてきました。
都内のお店にも作品を置いていただいていて、たとえばThe City Bakeryさん。
このお店を日本で展開している会社は、もともと軽井沢でお蕎麦屋さんをされていたんですが、東京に出店するときに「お店にアートを飾りたい」と言ってくださって、僕の版画を置いてもらったのが最初のご縁でした。
その後、そのお蕎麦屋さんとは別に、「The City Bakery」というブランドを展開されることになって、「壁面が大きいので、ペインティングを描いてみませんか?」と声をかけていただいて。そこから少しずつ、ペインティングの制作が増えていったんです。
最初は1メートルくらいの作品だったのが、2メートル、3メートルと大きくなっていって、今日納品するのは5メートル超えの作品です(笑)。
そういう中で、「あ、これならいけるな」と思っていたら、今度は鹿児島市のホテル、シェラトンのレストランからもご依頼をいただいて、なんと8メートルの作品を描くことになりました。
普段、版画では10センチとかの小さなものも作っていますから、「8メートルですか〜!」って(笑)。
でも、そういうことができるのも、今この宮崎のアトリエがあるからこそだなと思いながら制作しています。
もともと自分は油絵科に入学していて、絵を描くことに憧れて入ったんですけど、途中から版画に進んだんですね。それ以来、絵筆を使って描く作品からは少し距離を置いていたんですが、今こうしてペインティングの仕事もさせてもらえるようになって、「やっぱり絵を描くのが好きだったな」と、改めて感じることができています。
そういう意味では、自分にとってもすごくよかったなと思える変化ですね。
ご参考までに:
各地にあるThe City Bakeryさんの店舗で、黒木 周氏のペインティングをご覧いただけるようです。
おすすめは、横浜のニュウマン(NEWoMan)という駅ビルですかね。吹き抜けが6メートルくらいある場所に、3メートル×3メートルのペインティングをパネル4枚で構成して設置したんです。それが2セット並んでいます。
お客様が見上げるような位置にあるんですけど、こないだ初めてその場所に設置された状態を見に行って、自分の作品ながら「おお、いい迫力だな」と思ってしまいました。
黒木 周氏によるインタビューより
The City Bakery
今後、挑戦してみたいことはありますか?
あんまり風呂敷を広げたくないなと思っていて・・本当に、目の前のことをコツコツとやっていく、それに尽きますね。
黒木 周 「クロスグラフ 個展」
2025年4月5日(土)から
4月27日(日)まで
12:00 - 17:30
(最終日のみ11:00 – 15:00)
水・木曜日は休廊となります。
初日の4月5日(土)に、アーティストの在廊を予定しております。
黒木 周 Shu Kuroki
宮崎県都城市生まれ。
多摩美術大学絵画科卒業。ファブリックを貼った板を使った版画・クロスグラフという独自の技法で作品を制作。2002 年からは故郷都城市に拠点を移し、作品発表を続ける。
instagram.com/shu_kuroki/
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