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3人の版画リレー展
「おわりとはじまり」 &
宮崎 文子
2024年12月7日(土) から25日(水) まで、3人の版画リレー展 中村 美穂・片平 菜摘子・宮崎 文子による「おわりとはじまり」が開催されます。
宮崎文子氏に、作品や制作についてお話を伺いました。
12月19日(木)から22日(日)の中村氏による版画展、そして12月24日(火)・25日(水)の合同展とあわせて、ぜひお楽しみください。
作品名:「Like a Butterfly」
「3人の版画リレー展」のお話の前に、東京都美術館で行われた版画展で出展された作品についてお伺いしてもよろしいでしょうか?「蝶のように自由に」、拝見しました。蝶は、宮崎さんが最近制作されるテーマなのでしょうか?
日本版画協会の版画展は作家によって運営されるため、その年の運営担当者によって展覧会の展示の方向性が多少変わります。近年では、会員や準会員によるワークショップやデモンストレーションが開催されるなど、他の団体展と比べて若い人たちも多く出品しており、活気があると思います。
版画という表現方法の中で、さまざまなスタイルが混在している点も、面白さの一つです。作家ごとに表現したいものやテーマが異なるのは当然ですが、オーソドックスな版画技法を用いた作品から、現代的なデザイン性のあるものまで楽しめるのは、版画ならではかもしれません。
蝶がモチーフとして登場したのは、この1年ほどです。生活の変化の中で、新しいモチーフが現れたのではないかと思っています。
以前は、人をテーマにした作品を多く制作していました。学生時代は、人の中でも手などのパーツに焦点を当て、手そのものを擬人化して表現することが多かったです。リトグラフという技法は変わりませんが、テーマは人にかかわる感情や関係性、思いそのものだったと思います。
人はコミュニティの中で生きていく存在であり、一人だけでは生きていけません。子育てが一段落した最近では、少し田舎に引っ越して穏やかな時間を過ごす中、ふと庭を眺めていると、蝶がふわふわと飛んでいる様子が目に留まるなど、今まで感じられなかったものを感じるようになりました。
描きたいのは人ですが、はっきりと顔を描くのではなく、もっと曖昧な感情のようなものを表したいとの思いもあり、その代わりとして蝶が現れたのかもしれません。そして、日常の些細な瞬間を表現したいと考えています。
蝶は無理をせず、自分の飛べる高さをふわふわと飛び、疲れるとそばの草花や木に止まります。そんな蝶の姿に自由さを感じ、「そんなふうに生きたい」と思い描き始めました。
「3人の版画リレー展」では、DMの作品以外にも蝶をモチーフにした作品を展示される予定ですか?
はい。蝶の形には面白さを感じています。観察しようと思っても、蝶は常に羽を動かしており、なかなか止まってくれません。また、止まっている時は羽を広げずに閉じています。
調べてみると、蝶や蛾には実にさまざまな形や色、模様があります。それらはモチーフとして非常に興味深いです。蝶が景色と一体化し、一瞬見えなくなるような瞬間も含め、その魅力に惹かれています。
今回の展示では、蝶が多く登場するかもしれません。絵の中で蝶が溶け込み、色味と形が一体化するような感覚を目指しています。蝶というテーマがどこまで続くかは分かりませんが、もう少しこの形を借りてみたいと考えています。
す。
作品名:「In the Blue」
Instagramで拝見した家の絵についてお伺いします。家は過去のテーマだったのでしょうか?
家は、人を描くと決めてからも、定期的に登場しています。人にとって住む場所は欠かせない大切な要素であり、長く描いてきたテーマの一つです。
宮崎さんの作品では、さまざまな色使いが印象的です。制作において気をつけていることがあれば教えてください。
色は子どもの頃から好きでした。幼少期に自分の部屋の中を見渡し、「オレンジの隣には緑を置きたい」など、色の組み合わせをよく考えていました。
リトグラフを選んだ理由の一つは、自由に色を使えるという点です。もちろん木版画でも色を使えますが、彫刻刀で彫る作業は大変ですし、銅版画では金属の特性上、顔料が化学反応を起こして色がくすみがちで、どうしてもダークな色になりやすいです。
リトグラフはクレヨンのような描画材で直接描き、水と油が反発する科学的な原理を用いた技法で、描く自由さやインクの色の自由さが魅力です。どんな色でも使えるため、特に濃色と他の色との組み合わせを意識しています。また、色同士が影響し合うことがありますが、それをコントロールすることで表現の幅が広がります。
子どもの頃から、オレンジと緑のような色の組み合わせが好きで、そういった色を意識しながら制作しています。リトグラフの技法を活かして、自分の好きな色を自由に表現できることに喜びを感じています。
宮崎さんが版画をはじめられた理由をお聞かせください。
版画を始める前は油絵を描いていました。現在も少し油絵を再開していて、時間があればもっと描きたいと思っていますが、どうしても版画か油絵のどちらかに偏ってしまいますね。
大学では小作青史氏に師事してリトグラフを勉強し、卒業後はしばらくリトグラフ工房でアルバイトをしていました。「エスタンプ」という言葉をご存知でしょうか? 現在ではほとんど見られませんが、かつては平山郁夫さんや上村松園さんのような有名な日本画家の作品をリトグラフ版画に起こし、手頃な価格でデパートなどで販売することが一般的でした。
現代のデジタル化と高性能プリンターが普及する前の時代のことで、信じられないかもしれませんが、版は全て手作業で描いていました。例えば、平山郁夫さんの作品では、原画の写真を撮り、それを適切なサイズに縮小し、色ごとに分解していきます。平山さんの作品では、黄色に何十種類もの微妙な色合いが使われており、それらを全て手作業で拾い出します。茶色がかった黄色や赤みのある黄色など、非常に細かな作業で、1つの作品の版が30~40枚にもなることもありました。その版を1枚1枚手作業で描き起こし、それを刷り師の方が順番に刷っていくという工程でした。
私もそこで、特定の色を拾う作業を任されていました。数人で分担して版を作り、それを刷り師が刷り上げることで、原画そっくりの版画が完成します。ただ、よく見るとその絵は職人が描いたもので、実際の作家が描いたものではありません。そのため、一見そっくりに見えても、よく見ると細かいタッチが点描だったり、小筆で描かれた線が含まれていたりと、非常に味わい深いものでした。印刷技術の一環ではありますが、パソコンでのプリントアウトにはない独特な表情があり、非常に面白いと感じました。
こうした仕事を通じて、大学で習ったリトグラフとはまた違う版画制作の技術に触れ、今ではその経験を思い出しながら、多色刷りのリトグラフを始めています。同じリトグラフでも、普段私が制作するものは商業用とは異なりますが、版画工房で学んだ商業版画の経験は非常に貴重でした。この仕事は大変でしたが、一つ一つ積み重ねていくことで完成する作品には達成感があり、私には向いていたと思います。しかし、時代の変化とともにエスタンプは下火となり、結婚して一時その仕事から離れている間に、すべての工房がなくなってしまいました。その後、戻る場所がなくなり、さまざまな経験を経て今に至ります。
さて、今後についてですが、版画と油絵の両方で表現していきたいと考えています。無理をせずに、好きな色を使いながら油絵も描きたいという欲張りな気持ちがあり、油絵やドローイングを原画として、それを版画に起こすという方法を試みています。非常に手間のかかる作業なので、若い頃はやる気が起きませんでしたが、今ならできるかもしれないと考えています。
銅版画の作家の中には同様の手法を取る方も多いと思います。私の場合、原画を完全に再現することにはこだわっていませんが、同じ作者の作品として、ドローイングや油絵で描く際の意識と版画を作る際の意識をできるだけ近づけたいという思いがあります。版画作家としての活動に誇りを持っていますが、普段描いている油絵やドローイングも、版画と同じ立ち位置で認められたいという気持ちがあります。
油絵は表現の自由度が高く、それを版画にも取り入れたいと思い、現在はそうした取り組みを行っており、大変ですが新たな挑戦として楽しんでいます。
作品名:「蝶の様に自由に」
「3人の版画リレー展」のタイトルは「おわりとはじまり」ですが、宮崎さんのパートでサブタイトルをつけるとしたら、どのようなものになりますか?
「おわりとはじまり」という言葉を聞いて、まず「はじまりとおわり」ではないのだと思いました。通常、何かを始めるときには終わりがあるものですが、このタイトルでは「おわりからはじまりが続いていく」印象を受けます。つまり、常にはじまりがあり、おわりはないのだという考え方です。
私自身、普段の制作でも「終わらない日常」や「日常からのはじまり」といったテーマを大切にしています。そのため、このタイトルにはとても共感できます。何かを続けていくこと、終わりのない日常を表現していきたいという気持ちが、私のサブタイトルのようなものかもしれません。
新しい年を迎えるにあたり、挑戦してみたいことはありますか?
リトグラフに関連して、アルミ版を研磨する職人さんが日本に一人しかいないという現状を、少しでも多くの方に知ってもらいたいと思っています。数年前に職人さんがけがをされたことで制作が一時ストップし、リトグラフを学ぶ学生たちが版を手に入れられない事態に陥ったこともありました。
そのような背景から、「yanagida AG lab - アルミ研磨とリトグラフ」という展覧会を、多摩美術大学の佐竹邦子教授の呼びかけで開催しました。この展覧会では、日本各地のリトグラフ作家に作品を依頼し、版と一緒に展示することで、現状を広く知ってもらうことを目的としました。
また、京都市立芸術大学の教授職を退官された出原司氏が、クラウドファンディングでアルミ版研磨機の再生プロジェクトを立ち上げました。この取り組みに賛同し、版画制作の未来を守るために少しでも貢献したいと考えています。
リトグラフはもともと石版画から始まりましたが、日本では石が採れないこともあり、現在はアルミ版が主流となっています。そのアルミ版研磨の技術が途絶えようとしている現状は、大きな問題です。私はこれからも作り続けること、そしてリトグラフという技術を絶やさないこと、この二つを心に留めながら活動を続けていきたいと思っています。
絶滅危惧!リトグラフ用アルミ版の研磨機再稼働 - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
作品名:「ソトはアメかなて」
宮崎 文子 Fumiko Miyazaki
神奈川県出身、在住
多摩美術大学美術学部絵画科版画専攻 卒業
多摩美術大学大学院美術研究科 博士前期課程( 修士課程)
絵画専攻 修了
現在、日本版画協会 会員、版画学会 会員、多摩美術大学非常勤講師
主なグループ展出品・受賞暦
1995 全国大学版画展 (買上賞・観客賞)
1995 ~毎年 日本版画協会展
(1996 年奨励賞、1998 年山口源新人賞、2005 年準会員佳作賞)
1998 第1回神奈川国際版画トリエンナーレ展( 優秀賞)、現代美術選抜展 (文化庁)
2000 さっぽろ国際版画ビエンナーレ展(スポンサー賞)
2002 第5回高知国際版画トリエンナーレ展( 佳作賞)
2010 第14回中華国際版画ビエンナーレ展R.O.C、台湾(銅賞)
2011 第8回高知国際版画トリエンナーレ展(準大賞)
2016 公募団体ベストセレクション展(東京都美術館)
2017 アワガミ国際ミニプリント展(徳島県)(審査委員賞受賞)
2024 yanagida AG lab - アルミ研磨とリトグラフ‐(ギャラリー東京ユマニテ)
他 個展 多数
作品収蔵:
町田国際版画美術館、多摩美術大学付属美術館、シラパコーン大学(タイ)、国立台湾美術館(台湾)、士別市立博物館、他
3人の版画リレー展
中村 美穂・片平 菜摘子・宮崎 文子
「おわりとはじまり」
2024年12月7日( 土) から25日(水) まで
12:00 ‒ 17:30(最終日は11:00 ‒ 15:00)
宮崎 文子 Fumiko Miyazaki
12月19日(木) から22日(日) まで
23日(月) は休廊日
3人の合同展
12月24日(火)・25日(水)
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